プロセスマイニングカンファレンス2026を視聴して ── 登壇まとめと所感
プロセスマイニングカンファレンス2026の視聴メモ。立場の異なる4者の講演は、テーマがばらばらでも「可視化だけでは変革は起きない、設計し実行する基盤と主体が要る」という一点に収束していた
先日、プロセスマイニングカンファレンス2026をオンラインで視聴しました。本稿は前半で登壇内容のまとめ、後半で私自身のコメントと感想を書きます。前半は各登壇者が話したことの要約、後半は私個人の解釈ですので、両者は分けて読んでいただければと思います。
登壇内容のまとめ
今回視聴したのは、立場の異なる4者の講演でした。テーマも切り口もばらばらですが、聞き終えてみると、全員が一つの同じ主張に収束していました──可視化だけでは変革は起きない、プロセスを設計し・実行する「基盤」と「主体」が要る、と。各講演は、この共通項に、それぞれ別の角度から肉付けをしていました
① 価値は上流で決まる ── BPMNによる「あるべき姿」の設計
DXがなぜプロセス改革に至らなかったのか、という問いから始まりました。原因として3つの欠落──上流設計(価値の設計)、共通言語、実行主体(プロセスオーナー)──を挙げ、その橋渡しとしてBPMN(業務記法)を共通言語に据えます。BPMは「あるべき姿(Should-Be)」を設計するもの、プロセスマイニングは「実態(As-Is)」を分析するもので、多くの日本企業はログ以前に業務が未整理だから、まず共通言語で設計・標準化する段階が要る、という整理でした。「開発は手段。価値は上流で設計される」というメッセージが一貫していました。
② 4年半の実践でわかった、可視化の手前にある「泥臭い壁」
プロセスインテリジェンス(Celonisの活用)を4年半推進してきた実例です。受注・調達・在庫から内部監査まで30テーマを、システム移行→プロセス改革・標準化→プロセス統制と広げてきた経緯が語られました。AIを使った改善事例(適正な調達リードタイムの算出、SAP移行時の業務クラスタリング)も紹介されていました。ですが印象的だったのは、その「裏にある泥臭い苦労」を正直に明かした点です。立ち上げは2人体制で回し、分析の元になるログも無く、ほとんどのプロジェクトが可視化の段階で止まってしまう──「リソースの壁・データの壁・カイゼンの壁」があったといいます。そして20社へのインタビューから導いた成功の鍵は3P(People=情熱/Process=プロセスが分かる人/Purpose=解くべき問題の明確さ)だと締めていました。
③ データで「効果の出る業務」を特定する
なぜ生成AIが業務プロセスに入らないのか、をデータで示した講演でした。日本企業で生成AIが「部署の業務プロセスに組み込まれている」のは13%にとどまります。業務全体が整理されていないと、効果の出る業務が特定できず、ツール検討だけが先行する、という指摘です。解決策として、可視化→AS-IS把握→TO-BE検討→実装という4段の手順(BPM)を提示していました。
実例として見せていたのが、あるソフトウェア商社の受注〜請求業務でした(下図)。外部委託(BPO)の生産性は社員比で6割。コストの内訳が見えないため、支払いの妥当性すら判断できない状態だったといいます。

締めは「業務プロセス全体を人が再設計し、AIが実行し、人が統制する(AIファースト+人によるガバナンス)」という方向性でした。
④ 静的マップの終焉と、自律型エンタープライズ
ここが最も先端的でした。プロセスデータがAIにリアルタイムで供給され、AIが自律的に分析・実行し、結果が監視に還流してループが閉じる「新世界」です。ただし、業務実態を把握しないままエージェントを入れると、非効率でルール違反のプロセスが高速・大規模に自動実行される「Process Blindness(ゴーストループ)」に陥る、と警告していました。市場ではプロセスインテリジェンスと自動化の統合が一気に進んでいる(複数ベンダーの買収・統合)こと、技術的にはMCP、マルチエージェント・オーケストレーション、AIの判断を遡及監査する「エージェントマイニング」、そして「BPMNが描けない」問題への次世代の生成手法(ログから生成する型/現場との対話から共創する型)が紹介されました。締めは、専門家を呼ぶほど現場の当事者意識が失われる「コンサルタント・パラドックス」と、Discover→Redesign→Executeの3段、そして「PIなくしてAIなし」という一節でした。
4本に通底していたのは、部門最適・サイロからの脱却、可視化なき自動化の危険、そして「設計し・実行し・改善し続ける」主体と基盤の必要性でした。
私のコメント・感想
まず思ったのは「これ、30年前から言われている」だった
30年前から言われ続けていることを、もう一度言うために人が集まっているわけです。だとすれば、難しいのは知識ではなく実行だと思います。「業務を把握してから手を入れろ」に正面から反論する人はいません。なのに、守られていないのです。理由は、計測の土台づくりが、効果が出るまで誰の手柄にもならない地味な投資だからだと思います。派手な新システム導入は評価されますが、その手前の地ならしは評価されにくいのです。だから飛ばされます。30年、飛ばされ続けてきました。
「泥臭い前提のコスト」を、特に中小企業は認識していない
大手メーカーですら、立ち上げは2人で、ログが無くて、可視化で止まった、と正直に話していました。天下の大企業でこれなのです。AIにせよDXにせよ、一番最初の導入の手前には、業務を見て・記録して・把握する泥臭い工程が必ず要り、そこにコストがかかります。ですが私がこれまで見てきた中小企業では、この「最初に払うべきコスト」の存在そのものを認識していないことが少なくありません。「入れれば何とかなる」と考えてしまうのです。そして払わずに丸投げした結果が、基調講演でいう「コンサルタントのパラドックス」です。設計図が他人の作品になり、当事者意識が外部化します。多くの企業が、これを何度も繰り返してきました。
基調講演の「自律」の話は、エンジニア界隈の loop engineering と地続きだと思う
講演で唯一、自律エージェントの話まで踏み込んでいたのが基調講演でした。私はこれを、いまエンジニア界隈で起きていることと地続きに見ています。2026年6月、「loop engineering」という言葉が広まりました。クロードコードを作った人物が「もうプロンプトは打たない、ループを書くのが仕事だ」という趣旨を述べ、prompt → context → harness → loop という四段の進化の最新層とされています。ですが、loop engineering が設計しようとしているもの──行動し・観察し・次を決め・また行動する、ゴールに達したら止まるサイクル──は、名前を変えればPDCAです。
そして、この界隈の合意が面白いのです。「律速はモデルではなくverifier(検証器)だ。希少なスキルは『完了』を測れる形で定義することだ」。これは、登壇者たちが「可視化」「把握」と呼んでいたものと、寸分違いません。私がこれまで企業の現場で「業務を把握する」と言ってきたことと、同じです。並べてみると構造として重なります。

対応関係は上図のとおりです(講演でいう「エージェントマイニング」が、プロセスマイニングにそのまま重なります)。四段の梯子は、BPMが30年かけて登った梯子を、18ヶ月で登り直しているだけだと思います。
「ゴールを決めないままAIが暴れる」のは、開発でよく見る失敗と同じだ
ありふれた失敗に、要件(ゴール)を決めないまま機能を足し続けて破綻する開発があります。これをループの言葉にすると、完了の定義(verifier)が無いループは、止まる理由を持ちません。押し返すものが無いループは、AIが自分の出力に相槌を打ち続けるだけになります。
では、ゴールを決めなかったのだから、AIが暴れても文句は言えないのでしょうか。責任の所在としては、その通りだと思います。ただし、よく設計されたループはゴールが曖昧なら検証に通らず止まります(安全側に倒れます)。暴走は「曖昧なゴール」単独の罪ではなく、「曖昧なゴール×停止条件の不在」の掛け算です。私たちはつい「ゴールを決めること(Plan)」に注目しますが、律速はむしろ「完了を測れる形にすること(Check)」──つまり業務を把握すること──の側にあります。
AIが変えたのは命題ではなく、間違えたときの代償だ
機能を足し続ける開発の暴走は、人間の速度で進み、目に見えるから止められます。ですが自律ループのアクション蓄積は、機械の速度で進み、見えにくいのです(先の図に挙げた暴走例が、その典型です)。把握なき導入は、AIによって「無意味」から「危険」へと格上げされました。命題は30年変わっていませんが、破ったときに払うものは桁ひとつ大きくなった、というのが私の見立てです。
だからこそ、今が「自分ごと」にする好機だと思う
AIという道具が、地ならしのコストそのものを下げ始めています。かつて専門家でなければ描けなかった業務の図を、現場が自分の言葉で語るだけで形にできる──基調講演で紹介されていた「対話から共創する」型のBPMN生成は、まさにそれです。30年「報われにくいから飛ばされてきた」地味な工程の、その地味さ自体が、技術で軽くなろうとしています。だとすれば、繰り返し外に丸投げしてきたこれまでとは逆に、自社の業務を自社で把握し、AI導入を自分ごととして組み立て、その足腰を自前で育てる選択ができるはずです。
最後に、一行でまとめておきます。
測れないものを、AIに渡してはいけません。
そして、測れるようにする仕事は、誰かに丸投げするものではなく、自分たちで引き受けるものです。それは30年前からそうでしたし、AIエージェントの時代になっても、変わりません。