「知っている」と「できる」の差──内製化と技術選定

AIで『知っている』は安くなったが、『できる』は安くなりません。中小企業のIT導入が進まない理由から、ベンダー依存とDX人材の偏在、内製化と技術選定の考え方までを、研究と公的データも交えて経営者向けにわかりやすく整理します。

公開
読了
約10分
カテゴリ
DX

私は経営者という立場上、多くの経営者の方やコンサルティング会社など、さまざまな企業の事情を伺う機会があります。先日も、ある経営者の方と「伸びる会社と、伸び悩む会社の違いは何か」をじっくり話し合いました。事例を出し合ううちに、これまで現場で漠然と感じていたことが、かなりはっきりと言葉になりました。

結論から言うと、日本企業の壁は「知らないこと」よりも、「知っているのにできないこと」にあります。 生成AIの登場で技術の概要を知るコストは下がった一方、自社で選び、運用し続ける力──いわゆる内製化の土台──は、手を動かした経験からしか育ちません。この記事では、IT導入が進まない会社の共通点、ベンダー依存の構造、そして「知っている」を「できる」に変えるための技術選定の考え方を整理します。


IT導入が進まない会社に共通する4つのこと

中小企業を支援する中で見てきた共通点です。

  1. 1年間のゴールを決められない
    「とりあえず良くしたい」のままでは、ツールもAIも選べません。成功の基準がないので、投資の判断も振り返りもできません。(関連:やりたいことを「要件」に翻訳するとはどういうことか)
  2. 組織の活動を分析できない
    誰がどの業務に何時間使っているか、どこで手戻りが起きているか。数字がないまま「忙しい」「人が足りない」と感じている状態では、打ち手が勘頼みになります。(関連:データ分析と意思決定)
  3. ITを「経営基盤」だと思えない
    受注・在庫・原価といった経営の数字は、いまやほぼすべてITの上にあります。ITを「事務の道具」や「コスト」として扱う限り、経営判断の土台にはなりません。
  4. ITに投資できない
    1〜3の結果、投資の根拠が作れません。根拠がないので予算が付かず、予算がないので現状維持が続きます。(関連:DXを、他人に期待していないか)

ゴールを決められない・活動を分析できない・ITを経営基盤と思えない・ITに投資できない——4つの壁が循環し現状維持が続く

「ITは経営そのものだ」とお話しすると、深くうなずいてくださる経営者やコンサルタントの方は本当に多いです。ここで言う効率化は、仕事を減らすことだけでなく、数字を早く集めて戦略を立てること、発信して反応を知ること、営業を仕組みで回すことも含みます。

ところが、共感はされるのに進まない。ゴールを決め、分析し、投資するところまでは届かない。ここに**「知っている」と「できる」の差**が表れています。


なぜIT企業も「できる」に追いつけないのか

この20年ほどで、ソフトウェアの世界には大量の技術と方法論が積み上がってきました。DevOpsやSRE、Webアプリケーションのフレームワーク、Kubernetesなどの分散処理基盤、データ分析基盤と機械学習、そしてここ数年の生成AIです。

これらはITを本業とする会社にとって「知っていて当然」のものです。それでも追いつき続けるのは簡単ではありません。正直に言えば、弊社も含めてです。

手作業のデプロイ、テストのない改修、監視のない本番環境、属人化したサーバーといった状態は、IT企業でも珍しくありません。名前は知っている。けれど自社の開発や運用には入っていない。

日本の多くの非IT企業(ユーザー企業)は、システムをこうしたIT企業(ベンダー)に依存してきました。依存先が新しい技術を使わなければ、発注側にも届きません。両方が使わないまま今日まで来てしまった──これがボトルネックのひとつではないかと、私は考えています。

この「依存の連鎖」は、公的データとも整合します。IPA『DX白書2023』に追記された日米比較(2020年国勢調査/2021年米国職業雇用統計)によると、日本の情報処理・通信人材のうちIT企業に所属する割合は73.6%、IT企業以外は26.4%です。米国ではIT企業が35.1%、IT企業以外が64.9%で、構造がほぼ逆です。ユーザー企業側に「できる」人材が薄いまま、ベンダーに任せる構図が続きやすい、ということです。

非IT企業→IT企業→新しい技術が届かない依存の連鎖と、IT人材所属の日米比較(日本IT企業73.6%、米国35.1%)

同じDX白書2023では、DX推進人材の「量」が充足していると答えた企業は日本10.9%、米国73.4%でした。日本では「大幅に不足」が前年度の30.6%から49.6%へ増えています。

経済産業省の『DXレポート』(2018年)が指摘した「2025年の崖」も、同じ構造の延長線上にあります。複雑化・ブラックボックス化した既存システムを放置すれば、DXが進まないだけでなく、2025年以降に最大で年間約12兆円の経済損失が生じうる──という試算です。レガシーを抱えたまま外部に頼み続けると、「知っているのに刷新できない」状態が固定化しやすい、と読めます。

コラム:依存は、セキュリティの入口にもなる

依存の連鎖は、技術の遅れだけでなく情報漏えいのリスクにもつながります。2026年9月末には、委託先を経由した漏えいの公表が続きました。大東ガスは、顧客情報の管理に利用しているシステム事業者・両毛システムズへの不正アクセスで、過去に業務上やり取りしたファイルが同社のネットワーク内に残っており、流出した可能性があると公表しました(9月28日)。吉野家ホールディングスも、2024年に契約を終えた元委託先の採用管理サービスが不正アクセスを受け、アルバイト応募者の情報5,366件が漏えいしたと発表しています(9月30日)。契約終了時に消えたと認識していたデータが、実際には残っていたと報じられています。

「委託先の管理が大事」「契約が終わったらデータを消してもらう」ことは、多くの会社が知っています。それでも、どの委託先にどのデータを渡しているかを一覧にし、契約終了時に削除を確認するところまで回せている会社は多くありません。ここにも「知っている」と「できる」の差があります。


広まった技術には、どんな「理由」があるか

技術のトレンドは流行り廃りのように語られがちです。しかし長く残っている技術には、それが求められた理由があります。名前ではなく「何を解決するために生まれたのか」を押さえると、自社に必要かどうかを判断できるようになります。

技術・方法論何を解決するために広まったか知らないと起きがちなこと
DevOps・CI/CD開発と運用の分断をなくし、変更を小さく頻繁に、安全に届けるリリースが年に数回の一大イベントになり、そのたびに障害が起きる
SRE信頼性を「気合」ではなく数値(SLO・エラーバジェット)で管理する「止まらないこと」だけを追い、改修が怖くて何も変えられなくなる
Webフレームワーク認証・入力検証・DBアクセスなど、毎回書いていた処理とそのセキュリティ上の落とし穴を「型」で塞ぐ同じ処理を毎回手書きし、脆弱性も毎回作り込む
分散処理・Kubernetes1台に載らない処理を複数台に分け、故障を前提に「あるべき状態」を自動で保つサーバー1台の故障や担当者1人の不在で業務が止まる
データ分析基盤・機械学習散らばったデータを集め、勘ではなく数字で判断できるようにする毎月Excelを手で集計し、数字が出るころには判断が遅れている
生成AI文章・コード・要約など「言葉を扱う作業」の下書きコストを大きく下げる使い方が個人任せになり、品質も情報管理もばらばらになる

DevOps・SRE・Webフレームワーク・Kubernetes・データ分析・生成AIについて、広まった理由と知らないと起きがちな症状を並べた図

大事なのは表の右側です。技術そのものを知らなくても、右側の症状に心当たりがあるなら、その技術が生まれた理由はあなたの会社にも当てはまります。たとえば毎月のExcel集計に追われているなら、Excel管理からアプリへ移行するタイミングも参考になるはずです。

DevOpsまわりでは、DORAの調査レポート『Accelerate State of DevOps Report 2018』が、デプロイ頻度・変更リードタイム・復旧時間・変更失敗率で差を示しています。同レポートでは、エリート層は低パフォーマンス層よりデプロイ頻度が46倍、変更リードタイムが約2,555倍速いと報告されています。名前より、「小さく安全に届け続ける仕組みがあるか」が経営に効く問いです。

同レポートは、開発・テスト・運用といった機能単位のアウトソーシングがパフォーマンス低下と結びつきやすいとも指摘しています。丸投げが「できる」を社外に置き続ける構造と重なります。


「AIに聞けばいい」で技術選定はできるか

いまは「どの技術を使えばいいかは、AIに聞けばいい」と考えるのが自然な時代です。実際、AIはもっともらしい答えを返してくれます。問題はその先です。

  • AIが勧めた構成が、自社の業務・予算・体制に合っているか判断できるか
  • AIが書いたコードや設定を、読んで、検証して、直せるか
  • 障害が起きたとき、仕組みを理解したうえで原因を追えるか
  • その選択に、自信を持って責任を負えるか

AIは判断の材料を出せますが、責任を負うのは人です。理解していない技術を「AIに勧められたから」で選ぶのは、「詳しい人に言われたから」で選ぶのと本質的には変わりません。依存先がIT企業からAIに変わっただけです。(関連:生成AIはなぜ”そのまま使えない”のか)

ハーバード・ビジネス・スクールのワーキングペーパー(Dell’Acquaほか、2023年)は、BCGのコンサルタント758人の実験で、生成AIの効果が一様でないことを示しています。得意領域では生産性と品質が上がる一方、領域外のタスクではAI利用時の正解率が約19ポイント下がった、という結果です。「鵜呑み」だと間違える局面がある。技術選定でも、境界を見極める目が必要です。

AIで「答え」は手に入る。けれど使いこなす自信がない──多くの方が悩むのは、ここだと思います。


「知っている」と「できる」の4段階とは何か

本稿では、技術との距離を次の4段階で整理します。「聞いたことがある」から「運用できる」までの習熟の階段で、上に行くほど判断と責任の範囲が広がります。

  1. 聞いたことがある:名前を知っている
  2. 説明できる:何のための技術かを人に話せる
  3. 選べる:自社に必要か、どの程度入れるかを判断できる
  4. 運用できる:入れたあとに、直し、育て続けられる

聞いたことがある・説明できるは「知っている」(生成AIでコスト低下)、選べる・運用できるは「できる」(経験でしか育たない)——差が広がる4段階の階段

生成AIで1と2のコストは劇的に下がりました。一方3と4は、手を動かし、失敗し、直した経験からしか身につきません。AIが代わりに積んでくれない部分です。

「知っている」は誰でも手に入り、「できる」との差はむしろ広がっています。この層を厚くすることこそ、いま日本企業に求められていることではないでしょうか。


IT企業からのご相談が増えている理由

こうした背景からか、弊社には最近、非IT企業だけでなくIT企業からのご相談も増えています。

  • 新しい技術や開発手法を、知っていても使えていないチーム向けのトレーニング
  • 長年手作業で回してきたIT基盤(サーバー・デプロイ・監視など)の刷新
  • 顧客管理や業務システムなど、顧客基盤の刷新

共通しているのは、「新しい技術を入れてほしい」ではなく、**「自分たちで使えるようになりたい」**というご要望です。

弊社が大切にしているのは、依存をつくらないことです。代わりに作って納品して終わりでは、依存先が弊社に変わるだけで、「できる」は社内に残りません。技術選定の理由を一緒に言語化し、手を動かしてもらいながら構築し、運用の判断基準まで渡す。そうして初めて、AIが出す答えも自信を持って使いこなせるようになると考えています。

理由を言語化→手を動かして構築→判断基準を渡すと社内に「できる」が残る。作って納品して終わりだと依存先が変わるだけ


よくある質問

「知っている」と「できる」の差とは何ですか?

知識や用語を理解している状態と、自社の文脈で選び・実装し・運用し続けられる状態の差です。生成AIは前者を安くしますが、後者は経験からしか育ちません。

なぜ中小企業のIT導入は進みにくいのですか?

ゴール未設定、活動の可視化不足、ITを経営基盤と見なさないこと、投資根拠の欠如が重なりやすいためです。加えて、日本ではIT人材の多くがベンダー側に偏在しており、ユーザー企業側に「できる」人材が残りにくい構造があります。

ベンダー依存を減らすには何から始めればよいですか?

丸投げではなく、技術選定の理由を社内で言語化し、小さく試し、運用の判断基準まで残すことです。機能単位の外注が続くと、社内に知見が積まれません。

生成AIだけで技術選定してよいですか?

材料としては有用ですが、最終判断と責任は人が負う必要があります。AIが得意な領域とそうでない領域があるため、勧めた構成を業務・予算・体制に照らして検証できる力が不可欠です。


まとめ

  • IT導入が進まない会社には、「ゴールを決められない」「活動を分析できない」「ITを経営基盤と思えない」「ITに投資できない」という共通点がある
  • 壁は非IT企業だけのものではなく、IT企業自身も新しい技術に追いつき続けるのに苦労している。人材の偏在とベンダー依存の連鎖が、ボトルネックになりやすい
  • 広まった技術には必ず理由がある。名前ではなく「何を解決するために生まれたか」で捉えると、自社に必要かを判断できる
  • AIで「知っている」は安くなったが、「選べる」「運用できる」は手を動かした経験からしか生まれない
  • これから求められるのは、「知っている」を「できる」に変えるための投資──つまり内製化の土台づくりである

「名前は聞くけれど、自社に必要なのか分からない」「AIに聞いた構成が正しいのか判断できない」。そんな段階からでも構いません。社内に「できる」を残す伴走支援はDX Partnerで行っています。技術選定の整理やチーム向けトレーニングのご相談は、お問い合わせからお気軽にどうぞ。


参考文献・出典(2026年10月6日確認)

  • 経済産業省『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~』(2018年)。政策ページ/本文PDF
  • IPA『DX白書2023』および人材の日米比較追記(2023年)。IT企業所属73.6%(日本・2020年国勢調査)/35.1%(米国・2021年)。DX白書2023/プレス発表(人材比較)/プレス発表(取組動向)
  • DORA, Accelerate State of DevOps Report 2018. レポート概要
  • Fabrizio Dell’Acqua et al., “Navigating the Jagged Technological Frontier,” Harvard Business School Working Paper / Organization Science(実験は2023年)。PDF
  • 大東ガス「システムサービス提供事業者へのサイバー攻撃に伴うお客さま情報流出の可能性について」(2026年9月28日)。お知らせ
  • ITmedia NEWS「吉野家HD、バイト応募者の個人情報5366件漏えい 元委託先に不正アクセス 契約終了もデータ残存」(2026年10月1日)。記事

藤本 晃輔代表取締役

Goldman Sachs・NTTデータ・NTT研究所で大規模な基盤を支えたのち、2024年に株式会社Toolchainを創業。中小企業のDXを、業務分析から内製化まで支援しています。

会社概要を見る

まず、現場の話を聞かせてください。

どの業務から手をつけるかを、一緒に整理するところから始めます。初回のご相談は無料です。オンラインでも対応しています。